さて、次の適当は...

http://anond.hatelabo.jp/20070523233713
黎明日記経由:
http://d.hatena.ne.jp/scinfaxi/20070523/1179935877から

 どうして挫折するのか、ってそりゃ「プログラムをつくるのが自分にとって楽しいの?」かどうかだけのハナシだろう。
 プログラムが作れる人になりたい、ってなんつーか自分のステータスにはならないよ。
 にも触れたんだけど、世の中はプログラムがすきで書かいてる人もいるし、そうでない人もいる。

 プログラム作れることで、アンタ何を目指してるの? ゲームつくれたら面白そうとか? なんだか格好いいとか? まさかこれからはプログラムの一つでもつくれなくちゃ就職に不利だとか? どうしてプログラムつくりたいのよ、そう自問自答してみるとよいのかも。
 
 わからないことは、すべておまじないってwww
 あー、そういうもんかね。わからないのは、単に知らないからだけの話だ。悩んでどうしてこうなるの、って実はそれほどおかしくない。ただ、くだんの人はわからない自分を受け入れられないだけのハナシじゃないの? 
 で、その時点で、わからないことに没頭するほうが、プログラムするより脳内的にいいよってささやかれてるんじゃ。
 じゃあ、どうやったら、プログラムに挫折しても再びプログラムに向き合えるの?となると、コレは実は個々人の資質になると思う。
 というのも、プログラム興味があるんだって時点で今まで他につかっていた時間をプログラムっていうわけのわからないことに対して、どこまで情熱傾けられるかっていうことで、これまで自分が属していたものの輪をいったん抜けなくちゃならないかもしれないんだ。

「ここまでしなきゃ越えられない」とは決して云わないけれど、プログラミングが出来るようになることの対価として、人生を棒に振ってでも「幸せだ」と云えなければ越えることなど出来ないのではないかと思える。少なくともセミナーや学校の授業や例え話を多用した入門書ではプログラミング出来るようにはならないだろう。そりゃ、無邪気に「がんばれば出来るよ!」などと云った方が私としては楽なんだけど、現実はどうやらそうではないらしい。

 いや、まあ、人生を...というほどのことはないようにも思うけど、でもいったんプログラマとして生きる道を歩んで、それを求めてしまうと、今の社会はかなりイバラの道だよ。
 ハナシは戻ってしまうんだけど、どうしてプログラムつくらなくちゃならないの?ってことでしょ。もちろん、それはとっかかりの部分で、いったん道を走り出してしまうと、また別なんだけどね。

つまり結局何が云いたいかっていうと、プログラミングなんて忘れて今まで通りの普通の生活を送れ。

 まさしくその通りだ。もし職業として選んでしまったのなら、突き進むか、戻るか覚悟をきめろ。腹をすえろ。そうさ、プログラムをつくるってことが楽しいと思っていて、腹をきめてるなら、社会や世間のうっとうしさなんてのは屁みたいなもんだ。
 最後にゲームつくりたいってプログラム始める人がいるが、それはとっかかりとして悪くない。が、ゲームはつくるもんじゃなく、遊ぶもんだ。すでに作っている時点で、自分がゲームをつくってるよ!楽しいよ!なんて脳内補完はできなくなるよ。で出来ているのは、「自分はプログラムしてるよ! 楽しいよ」なのさ。